日本基督教団 豊橋教会集会案内

                        Photo_20200428150701

日本基督教団豊橋教会ホームページにようこそおいで下さいました。
豊橋教会は1885年10月3日に創立された日本メソヂスト教会の流れをくむ歴史的な教会です。
全国約1700箇所に教会がある日本基督教団に属しているプロテスタント教会です。
どなたでもご自由にご参加いただけます。 集会は以下のようなものがありますので

お気軽にお問い合わせ下さい。
===============
 ===集  会  案  内===
☆主日礼拝:毎日曜日10時30分より
☆こどもチャーチ: 毎日曜日9時00分より
(子供たちのための礼拝です)
☆定例祈祷会:毎木曜日13時30分より
☆キリスト教初歩の学び:あなたのご都合に合わせます
============== 
※5月~6月は、主日礼拝以外の諸集会を休会しています。


住所:〒440‐0806
愛知県豊橋市八町通4-67
電話・FAX:0532-52-0756
牧師:前田 和之

※豊橋駅より市電、豊橋公園前駅下車,進行方向(ガソリンスタンドと反対方向)に歩いていただき徒歩1分です。

車でお越しの方へ
(浜松方面から)国道1号線を岡崎方面に進み、“福祉センター南”交差点を過ぎて長谷川歯科の隣。
(岡崎方面から)国道1号線を浜松方面に進み“八町通三丁目”交差点を左折。最初の信号を右折し、最初のT字路を右折。次に“福祉センター南”交差点を右折し、長谷川歯科の隣です。
※駐車場は別途お問い合わせ下さい。

2020年5月25日 (月)

5月24日主日礼拝説教要旨

「キリストの昇天」 ヨハネによる福音書7章32~39節

 復活節も最後の主日、日曜日となりました。この復活節の最後にはかならず、イエス様が天つまり神様のおられるところ、そのみもとへと帰られる出来事を聖書によって示されることになります。なぜならば、もともと使徒信条で私たちが告白しているようにイエス様というのは、神様の独り子として、神様のみもとにおられて、その栄光ということを私たちに示されていくお方であったのです。その本来のお姿、神様の子供としてのお姿を復活の出来事によって取り戻されたイエス様は、この天に帰られる出来事を弟子たちにお示しになります。その昇天の出来事は、ヨハネによる福音書では直接的な出来事としては示されていません。けれどもイエス様が天に帰られて栄光をお受けになることを自ら明らかにしていく聖書のみ言葉があるのです。それが本日のみ言葉であるヨハネによる福音書7章32~39節ではないでしょうか。

 ヨハネによる福音書7章33~34節では、「そこで、イエスは言われた。「今しばらく、わたしはあなたたちと共にいる。それから、自分をお遣わしになった方のもとへ帰る。あなたたちは、わたしを捜しても、見つけることがない。わたしのいる所に、あなたたちは来ることができない。」」というみ言葉が示されています。このキリストの昇天の出来事というのは、「自分をお遣わしになった方のもとへ帰る」神様のもとへ帰ることは、イエス様ご自身の栄光をお示しになる出来事です。救い主であるキリストであるイエス様の栄光がそこにあるのです。そしてでは聖書で示される栄光ということについて考えてみますと、それは私たちが考えるような名誉とか誉れということでは言い表せないような意味があることは明らかです。なぜならば元の言葉であるカーボードという栄光を現す言葉は、明らかにそこに重さの意味があるからです。軽いものではない。重い栄光が神様の示してくださる栄光なのです。どのような重みがあるのか?私たちは栄光を受けるとき、それは簡単に受けられれば、それに越したことはないと考えます。しかし、この栄光、神様が現された栄光は、まさに重荷を伴う、それは苦難を伴う栄光であったということなのです。イエス様のこの復活、さらに昇天と示されている神の子としての栄光は、あの苦難、本当に苦しみ、悲しみを伴った十字架の出来事、その苦難があるからこその栄光であったのです。そしてそのイエス様が味わった十字架のご苦難というのは、私たちの罪をそこでその身に担ってくださった苦難であったのです。そして私たちの罪をそこで担うことによって、また神様に赦していただくための苦難でありました。その十字架という苦難、重さ、その十字架の出来事も含まれているだから、罪ある私たちが本当に自分自身の力で現すことができない栄光が、イエス様が現してくださった栄光であり、神様の重みのある栄光であるということなのです。

 そしてさらにこのとき、イエス様は神の霊であり、神様とイエス様を信じて従う心を与える聖霊についても語っておられるということになります。それがヨハネによる福音書7章39節のみ言葉なのです。そこでは「イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったからである。」み言葉は、ここで言われている命の水とは聖霊のことだと言っているのです。37節で示されているように「乾いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」とイエス様のもとに来るとき、私たちはこの聖霊を受けるのだということです。そしてではイエス様のもととはどこかということです。それはどこでイエス様のみ言葉が聞けるのか?ということでもあります。そしてそれはまさに教会であり、この豊橋教会で礼拝が行われ、聖書のみ言葉が読まれるときに、そこで本当に神様のみ言葉そして、イエス様のみ言葉が聞けるということになるのです。神様のみ言葉を受けるとき、私たちの心の乾き、魂の渇きが癒され、そして神様によって平和・平安を得ることができます。聖霊なる神とは、まさに神様によって約束されていた、神様からの贈り物、賜物です。

 イエス様はそのような私たちを暗闇から光へと、死の滅びから命へと導くお方であるということなのです。イエス様は仰っています。本日のみ言葉の少し後、ヨハネいよる福音書8章12節「イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」」「キリストの昇天」の出来事において、イエス様は神の子としての栄光を示されました。それは「世の光であるキリスト」が本当に神様の命に与るその「命の光」を示してくださったということなのです。私たち人間は本当にイエス様を救い主として信じて告白するときに、死の暗闇ではなく、この命の光に与ることができる幸いを覚えるのです。そしてそれは世界中のイエス様を救い主として信じて従う人々が与ることのできる光です。私たちは日常生活において虚栄を頼りとしていくような世界の現実を生きています。そしてその虚栄とか虚栄心は何の力もないことを覚えます。私たちは今も天にいて生きて働かれるキリストの救いの出来事を思わされます。そして聖霊によってそのキリストとしてのイエス様が共にいて下さるそのことを思うのです。その中で日常生活においても祈り、神様の導きにおいて、神様の光の中を歩むことができるように祈り求めていきたいのです。

                 Img20200519103021

2020年5月24日 (日)

5月24日主日礼拝音声データー

「キリストの昇天」
5月24日主日礼拝の音声データーです。
キリストの私たちのために示された栄光を思い、その命の光の中を歩みましょう。

 

2020年5月17日 (日)

5月17日主日礼拝説教要旨

「死に打ち勝つキリスト」 ヨハネによる福音書16章25~33節

 復活節のこのときに思わされますこと、それは、如何にイエス様が復活され、天に帰られてもある意味では困らないように、弟子たちに多くのみ言葉を残し語っているということです。本日のみ言葉、ヨハネによる福音書16章25~33節のみ言葉も復活のキリストが昇天されてから後、神様のみもとに帰られてからも、どのように弟子たちが過ごしていったら良いのかということが示されています。そしてそれは後の教会、つまり私たちに託されている言葉としてイエス様はどのような希望ということを教会に残されていったのかということが示されているのです。
 ヨハネによる福音書16章26節では「その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。」というみ言葉が示されていますが、このみ言葉とはまさに教会が誕生していくペンテコステの日、ということができるのではないでしょうか。その日以来、イエス様を救い主として信じるものの、つまり教会の神様に祈る祈りとはまさにイエス様の名前によって祈る祈りとなるのです。「あなたがたはわたしの名によって願う」とはそのようなことがしめされています。そしてイエス様のお示しになった十字架と復活の出来事こそ、そのような祈りの根拠、救いの根拠となる出来事となるのです。私たちの罪の身代わりとなって下さったあの十字架の出来事によって、本当に私たちの罪の赦しの出来事が示されていくことが示されていきます。そしてこの世に打ち勝ち、最後の裁きとしての死の出来事に打ち勝っていく勝利がイエス様の復活の出来事に示されていることが明らかにされていくのです。

 旧約聖書ヨブ記では、まさに私たちの人生のある意味では核心をつくようなみ言葉として、ヨブ記14章1節でこのように言っているのです。そこでは「人は女から生まれ、人生は短く/苦しみは絶えない。」たしかに神様を知らない人生において、人間というのは所詮母親から生まれ、その人生は短くて、しかもその人生の中で苦しみは耐えないということはヨブ記で示されていますようにある一面においてはそのように言えるのかもしれません。そのような私たちの苦しみ、人生の苦しみについて、ユダヤ系のドイツ人であり、第二次世界大戦のドイツで強制収容所に送られ、そこでなくなった、「アンネの日記」を記したアンネ・フランクは、このように人生の苦しみということについて言っています。「希望があるところに人生もある。希望が新しい勇気をもたらし、再び強い気持ちにしてくれる。」たしかに人生においては苦しみが絶えない、「苦しみだけが人生だ」という面があるかもしれませんが、「希望があるところに人生もある」ということも言えるのです。そして少女であったアンネは、今もそのことを私たちに伝えているのです。つまり人生には悲しみがあるけれども、あるいは苦難があるけれども、それは単に悲しみや苦難では終わらない、それが喜びへと変えられていく、その希望があるのだということではないでしょうか。そしてその喜びこそが、新しい勇気をもたらし、再び私たちに強い気持ちをもたらしてくれるものなのだということです。

 私たちは復活のイエス様と出会っていく、その救いに与っていくことで神様が与えて下さる平和、平安を得ることができます。そしてこの世では苦難がありますけれども、しかし、復活の出来事を示して下さったキリスト、世に打ち勝ち、死に打ち勝って下さったキリストによって私たちは勇気を出すことができるのです。悲しみが喜びへと変えられていくとき、それは父である神様の愛をそこで知るのであり、イエス様を通してこの世界に救いの出来事を示して下さっている神様のご計画をそこで知ることができるのです。イエス様がここで勇気を出しなさいと仰っているのは決して苦難の中、悲しみの中で自分でその悲しみをどうにか解決しなさいということではありません。そのような中にあって、イエス様を救い主として信じる信仰によって、そしてみ言葉、聖書による慰めの言葉を受ける中で、そして礼拝に与っていくことによって、イエス様が共にいて、復活のキリストとの出会いがそこにあって、私たちは神様からの慰めや希望をそこで与えられていくということなのです。私たちは今、本当に「勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」と仰って下さるイエス様の死に打ち勝つ勝利の出来事を心に刻みたいと思うのです。それは私たちがどんな時も、神様の平和を受けることの出来る慰めのみ言葉だからです。そして私たちはこの世に打ち勝ち、死に打ち勝たれたキリストの出来事を一人でも多くの人々に証しし、伝えてまいりたいのです。

                Img20200428144633   

 

5月17日主日礼拝音声データー

「死に打ち勝つキリスト」

5月17日の主日礼拝音声データーです。

どのような時にも希望をもって、勇気を出し歩んでいきましょう。 

2020年5月11日 (月)

5月10日主日礼拝説教要旨

「聖霊を与えて下さる約束」 ヨハネによる福音書15章18~27節

 ヨハネによる福音書は、自らなぜ福音書記者ヨハネがこの福音書を書き記すことになったのか?という目的についてヨハネによる福音書20章31節でこのようにその目的を示しています。そこでは「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。」と私たちの救い主であり、復活の命を示して下さった、このキリストであるイエス様によって命を受けるために、この福音書を記したと示しているのです。そしてヨハネによる福音書によって、まさにイエス様のアガペーの愛によって示される十字架の出来事がそこにはあり、この十字架を前にまさに本日のみ言葉の直前ヨハネによる福音書15章17節では、「互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」というイエス様のみ言葉が示されていきます。それはイエス様を救い主として信じる人々の集団というのは、「神を愛し、隣人に仕え、神に仕え、隣人を愛しなさい」というその約束を守っていく群れ、その言葉を新たにイエス様の命令として与えられ、その神様の愛によって生かされて歩む群れとなることをここでは示されていくのです。

 しかし、私たちには、全く別の神様の命に生きるための価値観、神の愛、キリストの愛によって生かされる本当の幸せ、生きる意味、そして託されている使命があるということなのです。そして、その使命を果たすためにイエス様は私たちに「聖霊を与えて下さる約束」を本日のみ言葉によって示されているということなのではないでしょうか。その聖霊とはどのようなものであるのか、そのことをイエス様は本日のみ言葉ヨハネによる福音書15章26節ではこのように示されています。「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。」聖霊なる神とは、父と呼ばれている神様のもとから私たちに遣わされる、真理の霊であることがイエス様によって示されています。そしてそれは間違いなく、私たちを守る「弁護者」だということです。

 聖霊によって私たちに与えられている平和は、神様の言葉、イエス様のみ言葉に基づくものであり、イエス様の救いの出来事に基づく確かな平和であり、時代が変わっていくとしても、決してその平和は揺らぐことがないということなのです。復活のキリストはこの聖霊を与えて下さる約束をし、神様のみもとであり、神様のおられるところである「天」に帰られました。イエス様をこの目で見ることはできませんが、私たちはたしかに聖霊によっていつもイエス様が共にいて下さることを感じることができます。そしてこの聖霊によってイエス様はいつもイエス様を愛し、信じる人々、教会の主となっていて下さるのです。そのことを覚えて私たちはどんなときも、このイエスの名によって命を得、地の果てに至るまで、このよき知らせ、イエス様の愛を伝えるものでありたいのです。

                Img20200428142752

 

 

2020年5月10日 (日)

5月10日主日礼拝音声データー

「聖霊を与えて下さる約束」

5月10日の主日礼拝音声データーです。イエス様の愛によって生かされ歩むことができますように。

2020年5月 3日 (日)

5月3日主日礼拝説教要旨

「主に従って生きる人生」 ヨハネによる福音書21章15~21節

 私たちが今この復活節にあって、示されていくことそれは、復活のキリストとの出会いが弟子たちをどのように変えていくのかということです。それはまた主イエス・キリストに従う人生を生涯歩むことになる弟子たちの姿がそこにあるということです。そしてそれはまたイエス様を救い主として信じて受け入れた、私たちがいったいどのように「主に従って生きる人生」を歩んでいくのかということでもあります。なぜならば、復活のキリスト、救い主であるイエス様はいつも本日の御言葉において、12弟子の1人であるペトロに向かって「わたしに従いなさい」と仰ったように、私たちに向かっても同じように「わたしに従いなさい」と仰っているからです。

 「わたしの羊」とイエス様がペトロに仰っていることに注目していきたいと思うのです。つまりイエス様に従って生きる人生とはまさにイエス様の羊として生きる人生なのだということです。つまりそこにはイエス様の十字架と復活の救いの出来事によって示される招きの出来事があり、教会とはまさにこの召されたものとしても集まりの意味があるということです。そしてイエス様こそが、この羊のためにつまり教会に召され、集まる人々にために命を捨てられて、ペトロの罪を赦して下さっているように、私たちの罪をも赦して下さっているということです。神様を知らずに的外れに生きていた人生をまさに主に従って生きてく人生へと羊を導くように私たちを導いていて下さるということなのです。そしてそこで大切なのは、他の誰かではありません。わたしがあるいはあなたが、聖書のみ言葉を聴く者が、「この人たち以上にわたしを愛するか」とイエス様が仰っているそのことに答えていくことが大切なのではないでしょうか。他の誰かは関係がないのです。ペトロはおそらく弟子のヨハネだと言われていますが、このヨハネがどうなるのか気になりました。そしてヨハネによる福音書21章21節を見ていただきますとそこでは「ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」」とイエス様にはっきりとこのように語られているということなのです。

 神様の救いへの招き、イエス様の十字架の愛にどのように答えていくか。それは人それぞれの方法で答えてくということです。それはまさに私たちがそれぞれ神様によって与えられている賜物が違うように、それぞれが与えられている賜物によって神様の救いへと答えていく、あの人がどうだから、この弟子はどうなるのかということはあなたには関係ないとイエス様はここで仰っているのです。それよりも「あなたは、わたしに従いなさい」とペトロに対して仰っています。復活のキリストはそのようにあの人がどうだからということをついつい人を見てしまう私たちにそうではなくて、あなたはこのわたしが示した十字架の愛にどう答えていくのか、どのようにイエス様ご自身が示されている救いに答えていくかを問われているということなのです。そしてまさにそこではイエス様の示されている救いの出来事に従っていくことという面では、それぞれが違った働きをしているようでも目指しているところは、同じであるということなのです。そしておなじ救いに与っているのが私たちなのだということです。それはペトロもヨハネによる福音書でイエスが愛しておられる弟子と言われたヨハネも同じイエス様の弟子あったようにです。教会はそのように召されたものは、それぞれの賜物を用いて、イエス様の救いを証ししていく群れなのではないでしょうか。

 主に従って生きる人生は、最後までイエス様に従って生きることを神様に約束した人生でもあります。信仰の弱い私たち、それでもペトロが最後までイエス様に従って生きたように。私たちもイエス様の愛に答え、救いに答えて、最後までイエス様に従って歩むことが出来るように神様にその導きを求めてまいりたいのです。

                     Ihituji226

5月3日主日礼拝音声データー

「主に従って生きる人生」

5月3日主日礼拝の音声データーです。

共に復活の主に従って歩んでいきましょう。

2020年4月26日 (日)

4月19日主日礼拝音声データー(再アップ)

4月19日主日礼拝音声データーです。

主の平和がありますように

弟子たちに現れるキリスト 4月26日主日礼拝説教要約

「弟子たちに現れるキリスト」ヨハネによる福音書21章1~14節

 私たちは今、復活節の歩みの中にあります。そして、この復活節の歩みの中で聖書によって示されていくことは、まさに復活のキリストとの出会いの出来事です。それは私たちの罪の身代わりに死なれた十字架の死を成し遂げられたイエス様が、今度は、神様の子どもとしての栄光を私たち人間に示して下さるための出会いです。そしてこの出会いは、死を超えてなお私たちに示されている復活の命ということをイエス様ご自身が、復活の体、栄光の体をもって弟子たちにそのことを示されているということなのです。復活のキリストとの出会いは、まさにその後の弟子たちの生き方を変えました。

 そして食事をもって、私たちを養われる復活のキリストであるイエス様は、さらに私たちの復活のイエス様の救いを伝えるその働きをも祝して下さるということなのです。魚をとる弟子たち、漁師としての弟子たちの姿、それはそのまま、復活のキリストであるイエス様に遣わされて、人間をとる漁師として働く弟子たちの姿と重ね合わせて考えることができます。ヨハネによる福音21章6節では、まさにその時の出来事が示されていまして、そこを見ていただきますと「イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。」という出来事が示されるのです。その前日の夜には、自分たちの力では一匹の魚もとることができなかった弟子たちがまさにイエス様のみ言葉によって網を打つときに、大漁で網を引き上げることもできないほど、魚が取れるという神様の御業を示されるのです。そのように「人間をとる漁師」である神様の救いを伝える御業というのは、本当に、そこで祈り、救い主であるイエス様を伝え、イエス様のみ言葉によって伝えなければならないことに気づくのです。そしてそのようにイエス様の導きによって、神様の救いを伝えていく伝道の御業がなされるときにそこで本当に豊かな実り、魚で網が引き上げられないほどの成果を上げることが出来るのではないでしょうか。

 「百五十三匹」というこの数の種類の魚は、まさにイエス様によって世界中に建てられている教会の数でもあります。復活のキリストによって建てられた世界中の教会にはこの魚のように多種多様な人々が集まるのです。教会はそのように多種多様、男性も、女性も、若い人も、年長の人も、集い、そのような人々を受け入れても一致して歩むことができます。そのように「百五十三匹」の魚が入っても網は破れることはないのです。人間的な思いや人間的な業によって教会が歩むならば、とっくにその網は破れてしまうことでしょう。しかしそれが主のみ言葉によって果たされる業、働きならば、網がやぶれることはないのです。後にペンテコステの日、聖霊が降って誕生する弟子たちの群れである教会は、まさに復活のキリストのみ言葉によって歩むからこそ、力強く、網破れないで歩むことができるのではないでしょうか。このガリラヤ湖で「弟子たちに現れるキリスト」はそのように再び弟子たちに人間をとる漁師としての使命を与えられます。その使命は、教会に集い、イエス様を救い主として信じる私たちにも与えられているものなのです。復活のキリストが示して下さる復活の命、神様の命に預かっていく、そのキリストの死に対する勝利を伝えていくことが、私たち教会に集うものの使命なのです。ガリラヤ湖で「弟子たちに現れてくださったキリスト」が今も教会の食卓の主人であることを指し示しています。その救い主であるキリストを伝えていく使命を時が良くても悪くても、復活の主に導かれて果たしていきたいと思うのです。

Fish_tsukamidori

4月26日主日礼拝説教音声データー

4月26日の主日礼拝説教音声データーです。

どのようなときも、主なる神を愛し、隣人に仕え、主なる神に仕え、隣人を愛しましょう

2020年4月19日 (日)

復活のキリストの福音 4月19日主日礼拝説教要旨

「復活のキリストの福音」 ヨハネによる福音書20章19~31節

 福音書記者ヨハネは、本日のみ言葉であるヨハネによる福音書20章31節でこのように私たちに示しています。そこでは、「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。」とヨハネはなぜヨハネによる福音書を描いて伝えたかということにおいて、「イエス様の名前によって命をうけるためである」といっているのです。それはまさにイエス様によって、「イエスの名」とはイエス様というお方そのものを指し示していますから、イエス様の伝えられたよき知らせ、福音によって命を受けるために、この福音書を描いたと示しているのです。では命を受けると言われているその命と何でしょうか?それは言うまでもなく、本日イエス様が弟子たちに示された死を超えて示される神様の命、復活の命のことではないでしょうか。この復活の命、私たちの裁きとしての死に打ち勝たれた、勝利されたということが福音であり、イエス様がキリストとしてつまり救い主として、その救いを私たちに現して下さったということの本質なのです。そして私たちはイエス様をメシアとして信じることによって命を受けることができるようになる。そのためにこのヨハネによる福音書を記したのだと福音書記者であるヨハネは私たちに告げているのです。
 

 「復活のキリストの福音」は、まさに復活されたキリストが私たちに出会ってくださり、「あなたがたに平和があるように」と言って下さっている良き知らせです。イエス様の十字架の出来事によって私たちの罪が許されて、復活のキリストの出来事によって、まさに神様の命を受けるよき知らせなのです。では復活のキリストと出会いを私たちがどこで果たしていくのでしょうか。それはまさに聖書のみ言葉を受け止めることによって、その証言に耳を傾け、聞くことによって復活のキリストと出会っていくのです。そしてその復活のキリストがまさに私たちに向けてこのように仰っているのです。ヨハネによる福音書20章29節、そこを見ていただきますと「イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」」私たちはこの肉の目によって直接、弟子たちのようにイエス様の復活を見ることはできませんが、しかし、そのイエス様が「見ないのに信じる人たちは幸いである。」と私たちに向かって仰って下さっているということなのです。私たちは目には見えませんけれども、この聖書のみ言葉によって、復活のキリストの福音によって生かされるときに、本当に神様の平和の中で生きることができるようになるのではないでしょうか。その中で私たちは日常生活においても、本当に神様の平和の中で生きることの大切さを思うのです。私たちは復活のキリストの命を受け、そのことに生かされ、そしてキリストによってその復活を証しするようにと遣わされていきます。私たちはどんな時もこの平和を与えられ、そして神様の平和、平安を祈り、一人でもこの救いに与ることが出来るように復活のキリストの福音を伝えてまいりたいのです。

Illustrain01tori02

 

 

 

 

2020年4月15日 (水)

キリストの復活 4月12日主日礼拝説教要約

イースターおめでとうございます。イエス様はこの日私たちの罪の身代わりに死んで下さったその死の出来事からご復活されました。イースターの喜びを、キリストが私たちに希望の光として示してくださっていることの大切さを覚えるのです。

イエス様の地上のご生涯というのは、十字架の死の出来事において、すべてが終わったということになります。つまりイエス様は十字架で私たちの罪のを担ってくださり、裁きを受けて犠牲の死を遂げることにより、すべてを成し遂げたのだということになるのです。

「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。」(ヨハネによる福音書20章1節)と大人の男性が何人も協力して動かさなければ動くことのないイエス様の墓の入口を塞いでいる大きな入り口の石が墓の脇に取り除けられているのをマグダラのマリアが見たという出来事によってイエス様のご復活という出来事が告知(つげし)せられるのです。

イースターの喜びは、この復活の主を本当に見ることが出来る喜びです。単にそれは空虚な墓ということだけを見るのではありません。その先にあるイエス様が復活なさったということをはっきりと見るそれがイースターの喜びなのです。人間的な思いや知識、知恵、行動、すべてがそこでは及ばない喜びなのです。私たちの思いが変えられていく喜び、悲しみが喜びへと変えられていくのです。立ち止まっていた私たちが再び神様から、上からの力を与えられて私たちの力ではどうすることもできなかったことを解決することが出来るようになる喜びなのです。私たちが人間的な思いの中でとらわれる時、祈り、神様を覚え、救い主イエス・キリストの救いを信じるときに、そのときに神様は生きて働いておられることを実感することができます。神様は、私たち1人1人の名を呼んで、イエス様が示して下さっている復活の命に招いておられるということなのです。そのことを覚えて、私たちこれからもイエス様の復活の証人として、神様の命に生かされることの大切さを覚えて、またこの生命に1人でも多くの人を招いておられることを覚えて、主の脇役としての努めを果たしていきたいのです。

 

Https___freeillustclassiccom_wpcontent_u

 

新型コロナウイルス感染予防対策について

現在、新型コロナウイルス感染予防対策のために

豊橋教会では主日礼拝以外の集会を休止しています。

 

また毎週の説教の要約をこの期間ブログに掲載することにいたしました。

 

新型コロナウイルスの感染拡大が収束することを祈っています。

 

2020年3月23日 (月)

イースター礼拝のお知らせ

Yuri

イースター礼拝

2020年4月12日(日)午前10時半より

※イエス・キリストの復活の喜びを共にする大切なお祝いです。

礼拝はどなたでも参加することができます。

席上献金が、神様へのささげものとしてなされますが、ご準備のない方はささげなくても

けっこうです。

※新型コロナウイルス感染症予防のため、今年度の愛餐会は中止いたします。

 

日本基督教団 豊橋教会

電話0532-52-0756

 

 

2018年11月20日 (火)

クリスマス諸集会のご案内

今年もクリスマスの季節になります。

豊橋教会では以下のようにクリスマスの諸集会を開催いたします。
ご一緒にクリスマスの時を過ごしましょう。
クリスマス礼拝・愛餐会
 12月23日(日)10:30~15:00
クリスマス賛美礼拝・お茶の会
 12月24日(月・祝)19:00~21:00
子供チャーチクリスマス祝会
 12月25日(火)14:00~15:30
 ※子どもたちのクリスマス祝会です。大人の方もぜひどうぞ!
Pak151217589095_tp_v_2  

2018年8月27日 (月)

夏のこどもチャーチ開催

今年も夏のこどもチャーチを開催いたしました。

日時は2018年7月23日(月)です。夏休みに豊橋教会にて開催しました。
出席者は子供男6名、女8名の計14名
      大人男4名、女7名の計11名にて
開催しました。礼拝を守り、今年はクレープ作りをしました。
神様の導きのもと、イベントを通して楽しいひとときを過ごせましたことを
感謝いたします。 

2017年12月18日 (月)

クリスマス諸集会のご案内

クリスマス諸集会のご案内
12月23日(祝・土)19:00~20:00 クリスマス賛美礼拝
             20:00~20:30 ミニ・コンサート
             20:30~21:30 お茶の会
※今年は23日(土)に夜の集会を開きます。ご注意下さい!

12月24日(日)10:15~  クリスマス礼拝
          12:00~  クリスマス愛餐会
をそれぞれ開催いたします。どなたでもご自由に参加できます。
共にクリスマスをお祝いしましょう。
もしご不明な点がありましたら教会までお電話(0532-52-0756)下さい。    

2016年12月14日 (水)

2016年豊橋教会クリスマス集会のご案内

クリスマス集会のご案内
クリスマスをご一緒にお祝いしましょう。
☆彡クリスマスイブ讃美礼拝
 12月24日(土)19:00~
            20:15~ ミニコンサート
今年は金山智彦氏にリコーダーの演奏をしていただきます。
           20:45~ お茶の会
☆彡クリスマス礼拝
 12月25日(日)10:30~
礼拝後愛餐会があります。14:00頃までこちらもどうぞ
お残り下さい。
☆彡子どもチャーチクリスマス祝会
 12月26日(月)13:00~15:00
こどもたちのクリスマスのお祝いです。保護者の方もぜひ
ご出席下さい。
詳しいことは、豊橋教会にお尋ね下さい。
お待ちしております。
 

«2016年度夏の子どもチャーチのお知らせ

無料ブログはココログ
2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31